*長編小説* 森の記憶

いつか失われる記憶の中で愛し合い、求め合い、精一杯生きる人たちの物語

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「では涼と雄一郎さんに給与を渡しますので、二人と青龍、白虎の方は前にお願いします」

 続く文ちゃんの号令で何人かが立ち上がり、前にぞろぞろと進み出て涼と雄一郎を囲んだ。甘利さんから二人に石が手渡され、それぞれが飲み込む。その様子を人々が固唾を飲んで見守った。

 長いのか短いのかわからないような、何とも言えない時間が過ぎた後、

「いつもすみません」

 と雄一郎が穏やかな笑顔を浮かべて言った。それを合図に集まった人々は三々五々散らばり、また元の位置に腰を下ろした。

 二人は生還しなかった。涼は特に何も言わず、うつむいたまま人々をかき分け、また椎奈の隣に戻ってきた。

 毎日こんなふうに石を飲み込んでいるのだ。

 人々に囲まれて石を飲み、外側からも内側からも「生還するのかしないのか」という緊張に晒されている。かける言葉などあるはずもなくて、椎奈は隣に腰を下ろす男に顔を向けることすらできなかった。

「今日の生還者は五名でした。ここで連絡事項が一つ。本日、天井の枝払いをします。お手伝いいただける方は、この後、涼と広樹の元に集合してください。給与は石一つ。明日の朝会で配ります。その他連絡事項のある方はいらっしゃいますか」

 発言する者はない。

「今日の草むしり当番は玄武です。玄武の方はよろしくお願い致します。ではこれで本日の朝会を終了します」

「く、草むしり当番って何?」

 思いがけないフレーズにやや興奮気味に広樹に尋ねる。

「言葉通り、村の中の草むしりだよ。村にはもともと外と同じように草がたくさん茂っていたんだ。でもそれじゃ生活しにくいから、毎日交代で草むしりをするんだよ。ちなみに明日は俺たち朱雀が草むしり当番だよ」

 広樹はにっこり笑った。当番があるなんてびっくりだ。

 こんな調子で椎奈にとっての初めての朝会は終わった。

 村のシステムは素晴らしかった。生還を朝会の場に限定することで石を確実に回収し、人々の感情にも配慮していること。給与や配給のシステムで村の人々にバランスよく石を得る機会を与えていること。それぞれが仕事を持つことで張り合いのある時間を過ごせていること。昼も夜もなくただ漫然と時が過ぎる森の生活の中で、朝会によって一日のメリハリを作っていること。

 そして何より、殺されるかもしれないという恐怖にさらされることなくみんなで協力し合い、結束して心穏やかに石を集められていること。

 もしも村がなければ椎奈は一体どうやって石を集めていただろうか。人から力ずくで奪ったり、騙し合って得たりする他なかっただろう。考えたくはないが、体を使っていたかもしれない。

 椎奈は涼のことを思った。村ができたのは四か月前だから、それ以前は別の方法で石を得ていたことになる。一体どんな時を過ごしてきたのだろう。辛くはなかっただろうか。投げ出したくなってしまうことはなかっただろうか。

 涼はちらりとだけ椎奈を見やると、何も言わずに去って行った。椎奈はその背中を無意識のうちに見つめていた。

 

 

 

  

つづき 

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