*長編小説* 森の記憶

いつか失われる記憶の中で愛し合い、求め合い、精一杯生きる人たちの物語

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 翌日の朝会で、椎奈は前日の自分の不甲斐なさを激しく後悔することになった。

 十二月十日の朝会は、いつも通り穏やかに始まった。五の倍数の日の朝会では、十九歳以上の大人にも配給がある。共有財産の石の数次第では全員に行き渡らないこともあるが、基本的に村に長くいるメンバーから順に配る形で文ちゃんが調整していた。

 椎奈は自分へ配られる赤い石をきちんと受け取ると決めていた。もちろん配給を拒否するという選択肢はそもそもなかったが、少しも躊躇することなく、それはもう鮮やかに口に放り込むさまを涼に見てもらいたいと思っていた。もう赤い石から逃げないと決めたのだ。

 しかし運命のいたずらか、赤い石は数が足りず新参者の椎奈にまで行き渡らなかった。「ごめんね。今日のところは余っている数が多い青い石を渡すけど、後日優先的に赤い石と交換できるようにするからね」と申し訳なさそうに謝る文ちゃんに、「仕方ないよ」と笑顔で返したものの、かなり肩透かしを食った気分だった。

 そして玄武への配給の番になった時、事件は起きた。

 ミドリが配給を拒否したのだ。椎奈は言葉を失った。加山は当然のように今日も配給を断っていたけれど、まさかミドリまで断るとは夢にも思っていなかった。

 二日続けて起こった異常事態に村はざわついた。「何か知っているか」と涼に訊かれたけれど、あまりのショックに首を横に振ることしかできなかった。知るチャンスはあったのに、自分はそれをみすみす逃したのだ。

 昨日話をしっかり聞いてやっていればこんなことにはならなかったのではないかと激しい後悔に襲われた。昨日椎奈の元を去った後で加山とミドリに何かが起きたことは、ミドリの泣きはらした目を見れば一目瞭然だった。

 加山とミドリに渡されるはずだった石は、昨日に引き続き陣さんに預けられた。

 朝会の解散後、涼が文ちゃんと話をしている隙に、椎奈はミドリをつかまえた。

「ミドリちゃん!」

「あ、椎ちゃん!ちょうどよかった。椎ちゃんのこと探してたの」

 ミドリは赤い目と対照的に明るい表情を見せていた。けれどそれは明らかに必死に作られた笑顔だった。胸に痛みを隠していることが今ならはっきりわかる。昨日気づかなかったことが信じられないくらいに。

「ミドリちゃん、どうして……」

 聞きたいことが山のようにあった。

 どうして石を断ったの?どうしてそんなに泣きはらした目をしているの?どうして無理して笑っているの?昨日あれから何があったの?……

 どれから聞いたらいいのかわからず、言葉が喉の奥で絡まる。

 するとミドリが椎奈の手を握って言った。

「椎ちゃん。私、加山と村を出ることにしたよ。みんなには内緒だけど、椎ちゃんにはお別れを言いたかったの。短い間だったけど、椎ちゃんのこと大好きだったから」

 ざっと血の気が引く音がした。村を出る?意味がわからない。

 聞き返そうとした時だった。

「そりゃあ一体、何の話だ?」

 振り返ると、怒りで顔を引きつらせた涼が立っていた。

 

 

 

 

 

つづき

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