*長編小説* 森の記憶

いつか失われる記憶の中で愛し合い、求め合い、精一杯生きる人たちの物語

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「ところでどうして石は腕に埋まっているの?」

 石を集めるという言葉からは、腰にぶら下げた布袋に石をじゃらじゃら入れているイメージがあった。まさか腕に埋まっているなんて思いもしなかった。もっと早く疑問に思うべきだったけれど、石の美しさに目を奪われて見過ごしていたことを椎奈は改めて尋ねた。

 文ちゃんはノートをコツコツと叩き、『3.石の注意事項』を指した。

「それは注意事項の二番目で説明するね。まずはもっと大切な一つ目の注意事項から。すでに涼から聞いているとは思うけれど、額の石には絶対に触れられてはいけない。触れられればこの森での椎ちゃんが死んでしまうばかりでなく、元の世界の椎ちゃんも死んでしまうから。何かの拍子に誰かの手が当たってしまうこともあるから、鉢巻は必ず巻いておいてね」

 文ちゃんは椎奈の鉢巻を指して言った。せっかくこのださい鉢巻のことを忘れていたのに、また思い出してしまった。椎奈の気持ちを知ってか知らずか「絶対だよ」と文ちゃんが念押ししてきたので、椎奈は黙ってうなずいた。

「それからいよいよ、石が体に埋まっている理由について。この森の石は、人の体から取り出すと間もなく消滅してしまうんだ。森には時計がないから厳密にはわからないけれど、そうだな、一分くらいかな。ほっておくと跡形もなく消えてしまう。ちなみに体からの取り出し方は……」

 そう言うと文ちゃんは、手首に一番近い位置の白い石の端に爪を引っかけて、造作もなく取り出した。

「こんなふうに簡単に取り出せる。自分の額の石と違う色の石なら、自由に取り出すことが可能だよ。逆に額と同じ色の石は一度取り込んだら二度と取り出せない。ちなみに取り込み方はというと……」

 文ちゃんは白い石をつまんだ手を、タネも仕掛けもございません、とばかりにくるくるっとひねって見せ、ひょいっと口に含んだ。

「こんなふうに飲み込めば、すぐに取り込める」

 カパッと口を開いて中が空であることを示した後、また腕の元の位置に納まった石を見せてくれた。本当に手品のようで呆気にとられる。到底現実とは思えない。

 けれどもう現実であろうがなかろうがどうでもよくなっていた。椎奈は文ちゃんの話に夢中だった。まるで映画を観ているみたいだ。不思議な森の美しい五色の石。ものすごく現実離れしているけれど、そうであるからこそ否応なく惹きこまれる。

「じゃあ次はこれね」

 そう言って示されたのは、『4.石を集める方法』という項目だった。そこから派生して、六つ項目が並んでいる。

「ここからがいよいよ本題だ。生還するための『石を集める方法』だよ。大きく分けて六つある。まずは『ア.他人から奪う』。昔はこれが主流だったんじゃないかな。脅して奪う方法と、殺して奪う方法がある」

 殺して奪う、という言葉に椎奈はぴくりと反応した。先ほど三人組に襲われた時の記憶がまざまざとよみがえる。彼らは確かに「殺す」と言っていた。

「椎ちゃんが誰かから無理矢理石を奪うとは考えられないからこんな話は必要ないと思うかもしれないけれど、襲われないように気をつけるって意味でも知識として知っておいてね。脅して奪う場合は、さっきの話の応用で、奪える石に制限が出てくる。赤い石を取り出せない朱雀から赤い石は奪えないし、同じように玄武から緑の石を奪うこともできない。けれど殺して奪う場合はその制限がないんだ。額の石に触れられると死んでしまうという話はさっきもしたけれど、その時、死んでしまった人の体は消えてなくなり、石だけがその場に残るんだ。だから色に関わらず全ての石を奪えるというわけ」

 森で死ぬと、体は消えて石が残る。

 ピアスが言っていた「石になってもらう」というのはこういうわけだったのだ。

 椎奈を殺せば、その場に赤い石が残る。それは確かに人が石になったように見えるだろう。あの三人組は、石を得るために椎奈を殺すつもりだったのだ。

 この森には石欲しさに人を殺す輩がいる。

 自分の生還のために人を殺して石を奪う。

 なんてひどい話だろう。脅して奪うというだけでも怖いのに、石のために殺し合いまでするのだ。そんな世界で生き延びることなんて、とてもできる気がしない。

「二つ目の方法は『イ.生還した人の余った石をもらう』。必要な数の石を揃えた人が生還するとね、額の色と同じ色の石は全てその人ともに消滅する。生還に必要なエネルギーになると捉えるとわかりやすいかもしれないね。一方、額の色と違う色の石はその場に残るんだ。これを消える前に、つまり一分以内に拾って飲み込む、ということだよ。それからこれも似たようなイメージだけれど、三つ目、『ウ.亡くなった人が残した石をもらう』。石を集めきる前に何らかの理由で元の世界の本体が亡くなってしまった場合、この森でもその人は亡くなる。その時その体にあった石は全てここに残る。だからそれを一分以内に飲み込む」

 どちらも、この森から人がいなくなった時にその場に残った石をもらうということだ。生還した場合はその人の額の石と別の色の石が、亡くなった場合は全ての石がその場に残る。

 森で人が亡くなるのは、文ちゃんの話を総合すると、額の石に触れられた場合と元の世界の本体が亡くなった場合ということになる。元の世界の様子はまるでわからないから後者はいつ起こるか想定できない。それは……少し怖い。今この瞬間にも元の世界で容態が急変したりして椎奈の本体が亡くなるかもしれないのだ。何の前触れもなく今ここで死ぬかもしれない。今自分が死ねば、額の石がこの場に残るのだろう。それは赤い石のままかもしれないし、黄龍石に変化するかもしれない。そこでふと気がついた。

  

 

 

 

 

つづき

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