*長編小説* 森の記憶

いつか失われる記憶の中で愛し合い、求め合い、精一杯生きる人たちの物語

2021-03-01から1日間の記事一覧

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「ということは、もし生還した時や亡くなった時に周りに人がいなければ、その石は誰のものにもならずに消滅してしまうってこと?」 椎奈の疑問に、文ちゃんはニヤッと満足げな笑みを浮かべた。 「椎ちゃん、いい着眼点だ。そう!それってもったいないと思う…

9

「ところでどうして石は腕に埋まっているの?」 石を集めるという言葉からは、腰にぶら下げた布袋に石をじゃらじゃら入れているイメージがあった。まさか腕に埋まっているなんて思いもしなかった。もっと早く疑問に思うべきだったけれど、石の美しさに目を奪…

8

必要な石の数が重症度に対応しているということは、あんなに大きなトラックに撥ねられた自分には、おそらく大量の石が必要だろう。平均十から二十でまわりが次々と生還していく中、きっとなかなか生還が叶わないにちがいない。 みんなが次々に願いを叶えてい…

7

椎奈は思わず息を止めた。ついにこの不可解な状況の秘密が明かされる。 「あ、でもその前に」 文ちゃんはにっこり笑うと、「椎ちゃん、敬語はやめよ。年も近そうだし、フランクにいこうよ」と言った。 自分の置かれた状況に比べたら正直そんなことはどうでも…

6

侍は歩いている間ずっと無言だった。椎奈の目にはすべて同じに見える木々の間を、迷う気配もなくざくざくと進んでいく。目印でもあるのかと周りを見渡すが、まるでわからない。 背の高い草が侍と椎奈の間に立ちふさがって慌てることが何度かあった。そんな時…

5

やがて呼吸が整うと同時に頭もクリアになった。自分で思う以上に早く、椎奈は冷静さを取り戻した。A型はあまりにも異常な事態に直面すると逆に冷静になるという。椎奈はA型の父とA型の母から生まれた生粋のA型だ。そのせいかもしれない。 冷静になってす…

4

バキッと言う鈍い音がして、ふっと体が軽くなった。馬乗りになっていたはずのピアスがいなくなっている。口を塞いでいた手から解放され、勢いよく肺に空気が入り込み、思わず激しく咳き込んだ。 「ちくしょう、侍だ!」 ターバンが叫び、椎奈から距離を取っ…

3

「いたいた」 「こっちにいましたよ! 早く早く!」 二人はニヤニヤ笑いながら椎奈を見ると、後ろを振り返って大きく手を振り、誰かを呼び寄せた。 二人のうちの一人は頭にヘアバンド型のターバンを巻き、黒い半袖Tシャツにカーキ色のカーゴパンツを履いて…

2

* * * 「ん……」 さわさわと風が髪を揺らす気配を感じ、椎奈はゆっくりと目を開けた。緩慢な速度でまばたきを繰り返す。 目を開けても周りはぼんやりと薄暗い。コートの後ろでまとめたベルトが背骨と地面の間で存在を主張している。体をねじって、ふと、な…

1

午前六時五十八分。 別に決めているわけではないけれど、椎奈はいつもこの時間に家を出る。朝のルーティンなんて決まっているから、何も考えずに淡々とタスクをこなせば、だいたいいつもこの時間になる。 余計なことは考えたくない。 起きて、シャワーを浴び…