*長編小説* 森の記憶

いつか失われる記憶の中で愛し合い、求め合い、精一杯生きる人たちの物語

16

「かわいいね。随分懐かれてるみたい」

「ああ、あいつは俺が保護したんだ。懐いてくれているし、かわいくて仕方がない。ただ、だからこそ……」

 広樹は少し声を詰まらせた。

「だからこそ毎日気が気じゃない。子どもは早く死んでしまうことが多いんだ。石を集めきる前に元の世界で死んでしまうことが。何とかしてやりたいけれど、こればっかりはね。あいつにばかり肩入れするわけにもいかないし。それでも……絶対に生還させてやりたい。自分が保護した人には、やっぱり思い入れがあるんだよ」

 ぴょんぴょん跳ねるように駆けて行く駿の後ろ姿を、広樹がせつなそうに見つめていた。

 あんなに小さな子は一体どうやって石を集めているのだろうか。誰かと取引することも、対価として何かを提供することも、あんなに幼くてはできないだろう。大人の庇護が必要だ。誰かが石を与えているのだろうか。

 ただ広樹の言うように、あの子だけに目をかけるわけにはいかない。見た所、あの子の他にも村には何人かの幼い子どもがいるようだ。

 多くの大人は幼い子どものためならば多少の犠牲は厭わないだろう。けれどそれにも限度があるだろうし、その限度は人によって様々だ。何しろ犠牲にするのは自分の生還なのだ。言いかえれば命そのものだ。

 大人に不当な犠牲を強いず、多くの人が納得できるような方法で子どもに手を差し伸べる。村がどんなシステムで対策を取っているのか、椎奈は朝会が楽しみになった。

 その時、今度は女の子が斜面を駆け上がってきた。桜色のキャミワンピースをまとい、頭には右耳の上で大きなリボンの形に結ばれた白い鉢巻をしている。この森で初めて見た、ださくない鉢巻だ。

「おかえり広樹!その人新人さん?」

「ああ。こちら椎奈さん。椎奈さん、こいつはミドリ」

「こんにちは、玄武のミドリです。椎奈さん……椎ちゃんって呼んでもいい?」

 高校生くらいだろうか。とても人懐こい笑顔の可愛らしい子だ。

「うん、いいよ。よろしくね」

「椎ちゃんはいくつ?私は十九」

「二十八だよ」

「うそ!もっと若いかと思った。二十八って言ったら、涼ちんと同じだね。涼ちんの方が老けてるけど」

「誰が老けてるって?」

 突然背後から声がし、振り返ると涼が立っていた。

「早かったな」

「新人への説明は後回しにして、先に朝会やるんだってよ」

 広樹の言葉に、涼は村にさっと目を走らせながら答えた。

「おかえり涼ちん!あのね、椎ちゃんは涼ちんと同じ二十八歳なんだって」

「じゃあ同じじゃねえよ。俺先月二十九になったから」

「え!先月って私もういたじゃん!どうして誕生日だって教えてくれなかったの!」

「意識不明で年食ったって、めでたくもなんともないだろ」

 えー、とむくれるミドリに「はいはい」と適当な返事をし、涼はなぜか椎奈の隣に並んだ。

 さっきまでは驚くほど無口だったのに、涼はミドリにぽんぽん言葉を返している。顔つきは相変わらず冷めきったような無表情だったが、その様子は意外だった。ミドリと特別仲がいいのか、椎奈に対して人見知りをしているのだろうか。

 後方から例のスーツ姿の男性を伴って文ちゃんが現れた。「朝会を始めまーす!」という号令に、村に散っていた人々が集まり出す。

 朝会は老人たちが移動する必要のないよう、土のベンチのまわりで行われるようだった。椎奈たち四人も斜面を下り、集まった人々の最後列にあたる位置まで歩を進めた。ミドリはそこからどこかへ駆けて行き、最終的に涼、椎奈、広樹の順に並んで腰を下ろした。

 集まった人々の前方に文ちゃんが立ち、メンバーの人数を数えている。その傍らに、一人の白髪の男性と大柄な若い男性、そして神父の格好をした中年の男性が進み出た。

「文ちゃんの横の白髪の人が陣さん。石を預かる仕事をしている。その横の男が高志。高志は陣さんが預かった石の記録係だよ。それからあの神父さんは甘利さん。村の共有財産の石を管理している」

 広樹の説明はちんぷんかんぷんだったが、椎奈はうなずいた。

「陣さんと甘利さんは黄龍なんだ。黄龍は四色全ての石を自由に出し入れできるから、石の管理を任されているってわけ」

 わからないということが、逆に椎奈をわくわくさせていた。ついに村で石を回すシステムが明らかになる。

 司会進行役らしい文ちゃんが口を開いた。いよいよ朝会が始まる。

「おはようございます。十二月六日の朝会を始めます」

 

 

  

 

 

つづき

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