*長編小説* 森の記憶

いつか失われる記憶の中で愛し合い、求め合い、精一杯生きる人たちの物語

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 朝会は村に新しく加わる人の紹介から始まった。

 村に新しく人が加わるのは、椎奈のように新人として森にやって来た場合の他に、以前から森で暮らしていた人が新たに村に加わる場合の二パターンがあるという。梟を抜けて村に逃げてくる人がいると広樹が言っていたが、それは後者のパターンだ。広樹は朝会の進行に合わせて小声で丁寧に解説を加えてくれた。

 今日から村に加わる人は全て新人で、椎奈を含めて四人だった。文ちゃんは一人ずつ手で示しながら名前と額の石の色を紹介し、その度に村の人たちの視線が移動した。椎奈は自分が紹介された時には軽く頭を下げた。

 続いて文ちゃんは、新人が元の世界から持って来たものを紹介した。椎奈の裁縫道具の他に、ボールペンを持って来た人がいるようだった。どちらが紹介された時も低い歓声が上がった。物がほとんどない森ではそれだけ元の世界からの物資が貴重なのだろう。

 てきぱきと朝会を進める文ちゃんは、続いてその四人から聞き出したニュースをアナウンサー並みの滑らかさで発表し始めた。時折、人々の間から「へえ」とか「マジで!?」という声が上がる。元の世界では右から左に流してしまいそうな何の変哲もないニュースも、思った以上に喜ばれている印象だ。ここでの暮らしは想像以上に刺激のないものなのかもしれない。

「続いて、生還者・死亡者報告をお願いします」

 文ちゃんの声に老人たちの間で手が上がった。

 村の人々は、基本的に朝会の場で生還するようにしているそうだ。

 理由は二つ。まず一つ目は、生還後に残った石を確実に回収するため。そしてもう一つは、村の人々に見守られながら生還するためだ。村で生活をすれば人間関係ができる。生還を見送りたい、見送られたいと思うのは当然の感情といえるだろう。

 しかしまれに何らかの事情で朝会以外の場で生還してしまうことがある。その際には翌日の朝会で報告がなされる。また死亡に関しては自分でタイミングをコントロールすることができないため、同じくこの場で報告が行われるということだった。

 さきほど手が上がったところから「ミヨさん死亡。遺留品はありません」と女性の声がした。

 生還及び死亡の際、まれにその人が身につけているもの、たとえば指輪などが石とともにその場に残ることがあるらしく、それを遺留品と呼んでいるという。遺留品は村の共有財産になる。

 文ちゃんが女性の言葉を復唱し、ノートに書きつけた。そして顔を上げると、こちらを見た。その目は椎奈の隣の涼に向けられていた。促されるように涼が手を上げる。そして「アキラ、死亡」と発言した。その低くてよく通る声は、椎奈に涼が俳優であることを思い出させた。

「アキラ」という名前には聞き覚えがあった。椎奈が文ちゃんの元に連れて行かれた時、広樹が涼に「アキラはどうした」と訊いていた。つまり椎奈が涼に出会う前に、アキラという人物が涼と一緒にいたということだ。そしてその人物は……死亡した。

「遺留品は……」

 涼が続ける。

黄龍石」

 その言葉に村の空気が一変した。黄龍石が貴重な石だということは文ちゃんから聞いていたが、村の人々の反応はその希少さを如実に物語っていた。

黄龍石が現れるのは久しぶりなので、改めてご説明いたします。黄龍石は森で人が亡くなった際、まれにその額の石が変化してできる石です。現在この村に黄龍は、陣さん、甘利さん、雪乃さんの三名。どなたが石を受け取られるかは、三人で相談して決めていただいています。黄龍の方は後程ご相談の上、報告をお願い致します」

 文ちゃんが、傍らに立つ白髪の男性と、神父姿の男性、そしてもう一人、前の方に腰を下ろしていた中年の女性を示して説明した。

黄龍石は何かの対価として取引されているわけではないの?」

 椎奈は小声で広樹に尋ねた。

「うん、黄龍石は完全に特別扱いだね。手に入ったら、対価としてではなくそのまま黄龍のうちの誰かに渡る」

 黄龍の人数が多ければ明確な分配方法を決める必要も出てくるだろうが、今は相談して決めるという形でうまくいっているようだった。椎奈がうなずくと、広樹がなぜか唇を噛みしめた。そして少しの間の後、言葉を続けた。

黄龍石が手に入る時というのは、必ず誰かが死んだ時なんだ。額の石が変化する場合もそう。亡くなった黄龍の石を受け継ぐ場合もそう。もちろん他の色の石も元をたどれば誰かが亡くなったことでできた石なのだけれど、黄龍石は圧倒的に数が少ないから、その印象はより強い。黄龍は、亡くなった方の石で自分が生還するんだ」

 

 

 

 

 

 

つづき

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