*長編小説* 森の記憶

いつか失われる記憶の中で愛し合い、求め合い、精一杯生きる人たちの物語

19

 朝会は続いて、給与の支払いに移った。

 文ちゃんや広樹の他、何人かが前に出て甘利さんから石を受け取る。神父姿の甘利さんが石を渡す様は、教会でパンをもらう光景を連想させた。

「前に……行かなくていいの?」

 給与を受け取るはずの涼が腰を上げないことを不思議に思い、問いかける。

「俺は朝会の最後に受け取る」

「最後?」

「俺は石が多いからな。長えこと森にいるせいでバカみてえにたくさん持っているし、森で出くわした奴との取引に備えて村の共有財産も少し預かってる。生還したら、たくさんの石がその場に残ることになるだろ。だから青龍にまわりを囲んでもらって石を飲むんだ」

 涼が生還した後に残った青以外の色の石を、一つも消滅させてしまわないようにするためということだろう。なぜか少し投げやりな調子の話し方が気になったが、あえて椎奈は別の話題を振った。

「あの人も、石をたくさん持ってるの?」

 陣さんの預かった石の記録係をしているという男も給与を受け取っていなかった。

「高志か?高志は陣さんが個人的に雇っているんだ。あいつは極度の人見知りで石を集めるのに苦労していたから、陣さんが預かりの記録係をやらせて自分の石を与えているんだよ」

 ひと口に仕事と言っても、村のための仕事だけでなく、個人同士で雇用関係を結んでいる場合もあるということだ。石が様々な方法でやり取りされているということがうかがい知れた。

 高志は二十代前半くらいだろうか。髪はぼさぼさで長く、Tシャツに短パン姿で、太っているというよりも骨太といった印象の大柄な男だ。人見知りなのだと言われてみれば、たしかに預かり分の引き出しの時も、ただうなずいたりするだけで終始うつむいていた。

「では続いて配給です。十八歳以下の子たちは前へ出てください」

 朝会は次の項目へ移った。文ちゃんの声に、何人かの子が前に進み出る。先ほどの駿も大人に背中を押されて前に出た。ぴょんぴょん跳ねてご機嫌そうな様子を、広樹が目を細めて眺める。

 村では十八歳以下の子に毎日石を一つずつ与えており、これを配給と呼んでいるらしい。甘利さんが子どもたちに石を渡していく。

 そしてここで、駿が生還した。

 赤い石を受け取ってお菓子でも食べるみたいに口に入れた駿は、その直後、霧のように消えた。村の人々の間からひときわ大きな拍手がわき上がった。子どもの生還は何にも代えがたい喜びがある。椎奈の背後で広樹と涼がこぶしを突き合わせる気配がした。椎奈が思わず広樹に微笑みかけると、広樹は少しうるんだ目で嬉しそうに何度もうなずいた。

 村は配給というシステムで、幼い子どもたちの生還に手を差し伸べていたのだ。誰か一人に負担がかかることもなく、子ども一人に過剰な力添えをするわけでもなく、うまく村全体のバランスを取って、自ら石を集める力のない子どもをも生還させる。見事だった。

 ちなみに大人にも配給があるという。十九歳以上の人は五の倍数の日に一つずつ石を受け取るらしい。今日は六日なので次の大人の配給日は十日だ。

 村がもっと発展すれば大人にも毎日配給できるようになるかもしれないと、文ちゃんは新たなシステムを考案中なのだと言う。「文ちゃんなら本当に実現しちゃうかもな」と広樹が笑った。文ちゃんはどうやらみんなからとても頼りにされているようだ。

「続いて交換です。希望者の方は前へどうぞ」

 文ちゃんの進行により、朝会はスムーズに進んでいく。

 交換とは文ちゃんが岩で説明してくれたあれだろう。一人につき一日一つまで、村の共有財産の石と交換してもらうことができるそうだ。

 この時椎奈は、文ちゃんに言われたあのルールを思い出した。有限である村の共有財産から支払われる石は、必ず額の石と同じ色の石でなくてはならない。

 それは交換にも当てはまるようで、たとえば朱雀が白い石を青い石に交換する、などは認められないようだった。一人一日一つまでというルールも、石が有限だからだろう。

 この交換で一人目の生還者が出て拍手が起こった時だった。

黄龍が出たぞ!」

 森から大声が聞こえた。さきほど森に出た大河が興奮して走ってくる。その後ろから、小さな男の子を抱えた雄一郎の姿もついてきた。

 二人が保護した男の子は黄龍だった。泣きもせず、ただ不思議そうに村をきょろきょろ見回すばかりのその子は、雄一郎に「名前は?」と聞かれ、指を二本立てた。

「二歳か。そうか。えらいぞ。じゃあ今度は名前言えるか?」

 雄一郎の腕に何度か揺さぶられ、男の子はようやく「わー」と声を上げた。

 その後も根気よく名前を尋ねるも、男の子は「わー」としか言わない。

「雄一郎が保護したんだから、とりあえず『雄二郎』でいいんじゃねぇの?」

 どこからか声が上がる。

 すると「見つけたのは俺っス!!」と大河が鼻息荒く言い返した。

「んじゃ『小河』にするか」

 と今度は別の場所から野太い声にからかわれ、「『ショーガ』ってなんすか!かわいそうっしょ!!」と大河が顔を赤くして怒る。

「人の名前でふざけるのはやめなさい」

 と老人にたしなめられ、やんややんやと盛り上がっていた場は、一瞬で気まずい雰囲気となった。

 肝心の男の子はその後も何度問いかけても相変わらず「わー」と答えるだけ。

「意外とちゃんと名乗ってんじゃないすか?」

 という大河の一言により、「わー君」と呼ぶことになった。

 愛らしい子どもの登場で村は和やかな雰囲気に包まれたが、椎奈の頭には、広樹の「子どもは早く死んでしまうことが多いんだ」という言葉がよみがえっていた。

 すると涼が立ちあがり、前に進み出た。涼は文ちゃん、陣さん、甘利さんと雪乃さんの五人で何事か相談し、ふいに胸元に手を入れると黄龍石を取り出した。黄龍の三人が納得した上で、わー君に飲ませることになったと文ちゃんが早口で人々に説明する。

 わー君は目を輝かせて、涼の手の石に手を伸ばした。涼はその手をうまくかわしながら、わー君の口に石を押し込んだ。村が緊張に包まれたが、残念ながらわー君は生還しなかった。

  

 

 

 

 

つづき

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