*長編小説* 森の記憶

いつか失われる記憶の中で愛し合い、求め合い、精一杯生きる人たちの物語

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 ある日、思いつめた顔の加山に、大事な話があると村の外れに呼び出された。

「僕の石を全てミドリに受け取ってほしい」

「……どういうこと?」

「僕は……生還したくない。この森で死のうと思う。死んだら、残った僕の石はミドリに受け取ってもらいたいんだ。ミドリの生還に役立ててほしい」

「何言ってんの?意味がわからない。死ぬだなんてだめだよ」

 意味がわからなくて、「死」という言葉がただ怖くて、即座に加山の言葉を否定した。

「でも、もう決めたんだ。……配給があるから、いつ生還してしまうかわからない。返事は、急いで欲しい」

 加山はそう言って俯くと、どこかへ行ってしまった。その場に残された私は、ただ呆然とするしかなかった。

 死のうと思うって言った。生還したくないって言った。私はショックだった。だからすぐにだめだよって答えた。

 でも改めて考えてみると、それは本当に加山のことを考えて言った言葉だったかな。加山の気持ちをよく考えずに否定しちゃったんじゃないかな。

 私は、加山の気持ちになって一生懸命考えてみた。

 加山にとって元の世界は、文字通り死ぬほど辛いところだ。今は「ミドリといると、生きているのが楽しい」って言ってくれるけど、生還したらここでの記憶を失ってしまうから、私はそばにいてあげることができない。

 つまり加山を生還させるということは、たった一人で辛い世界に帰すということだ。

 考えて、おそろしくなった。そんなことできないって思った。

 それならば加山の言うように、死を選ぶ加山を受け入れるべきなのかな。そして加山の望み通り、加山の石を受け取るべきなのかな。

 そう思ったけれど、やっぱりどうしても納得できなかった。死ぬなんてだめだ。だって、私は加山に死んでほしくない。死のうが生還しようが、加山がこの森からいなくなるのは同じことだけれど、私にとっては全然ちがう。私は加山に絶対に死んでほしくない。

 でもじゃあ加山を一人、辛い世界に帰すの? 

 私が嫌だからっていう理由で、加山にそんな苦痛を強いるの?

 もうどうしていいのかわからなかった。私の中に、異なる考えを持つ二人の私がいた。加山を受け入れたい私と、加山に死んでほしくない私。どちらの言い分も理解できて、いくら考えても結論は出なかった。体が二つに裂かれてしまったみたいだった。加山は焦っていたけれどなかなか返事ができなくて、毎日毎日苦しくてたまらなかった。

 そんな時、村に椎ちゃんがやって来た。

 私は一目で椎ちゃんを好きになった。私はずっとお姉ちゃんが欲しかった。椎ちゃんは、私がこんなお姉ちゃんが欲しいなと思っていたそのままの人だった。綺麗で、優しくて、笑顔が素敵。そして……椎ちゃんは朱雀だった。華ちゃんと同じ赤い石を集める朱雀だった。

 加山とは、ずっと気まずかった。なかなか返事ができなかったから、うまく目を合わせることができなかった。配給の時、まるで毒薬でも飲むみたいに緑の石を口に入れる加山を見ると、胸がしめつけられた。どんな顔をして会ったらいいのかわからなかった。だから椎ちゃんのそばにいた。椎ちゃんの笑顔を見ると、ほっとした。

 椎ちゃんに相談してみようかな、と思った。椎ちゃんならいい答えを知っている気がした。

 だって椎ちゃんにも好きな人がいる。私は気づいていた。椎ちゃんは涼ちんのことが好きだ。いつも目で追っているし、そばにいると嬉しそう。そして多分涼ちんも椎ちゃんのことが好きだ。村に帰ってくるとまず椎ちゃんに声をかけるし、椎ちゃんの前だとよく笑う。それから、朝会の時いっつも椎ちゃんの隣に座る。今まではあっちに立ったりこっちに座ったり適当だったのに。好きな人がいる椎ちゃんなら、いいアドバイスをくれるんじゃないかなと思った。

 だけどいざとなるとなかなか言い出せなかった。正直に全てを話して、椎ちゃんが加山を止めたらどうしよう。ううん、止めるに決まっている。死のうとする人を止めない人がいるはずがない。加山の気持ちを受け止めたい方の自分が、話しちゃだめだって頭の中で警告を鳴らしていた。

 そんな時だった。朝会で加山が配給を断った。

 

 

 

 

 

つづき

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