*長編小説* 森の記憶

いつか失われる記憶の中で愛し合い、求め合い、精一杯生きる人たちの物語

2021-03-05から1日間の記事一覧

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涼ちんはものすごく怒っていた。でも加山に「ほっておけるわけがない」「なんとかしてやりたい」って言った。やっぱり涼ちんは優しい。それは加山にも伝わったのか、そこで私は加山の本当の気持ちを知ることになった。あんなことを考えていたなんて知らなか…

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もうだめだと思った。これ以上答えを引き延ばせない。加山は追い詰められている。それは全て、私のせいなのだ。 思い切って椎ちゃんに相談した。でも加山の気持ちのことは黙っていた。私が本当に加山を好きならどうするべきか教えて欲しくて、「本当に好きっ…

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ある日、思いつめた顔の加山に、大事な話があると村の外れに呼び出された。 「僕の石を全てミドリに受け取ってほしい」 「……どういうこと?」 「僕は……生還したくない。この森で死のうと思う。死んだら、残った僕の石はミドリに受け取ってもらいたいんだ。ミ…

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注意して見ていると、たしかにその子はいつも私の方をちらちら見ていた。私も気がつくと、その子の姿を探すようになった。なんであんなこと言ってきたんだろう。なんでいつも私のことを見てるんだろう。どうしてあの後一度も話しかけてこないんだろう。頭の…

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* * * 辛いときこそ笑うようにしている。 だって笑うと元気が出てきて、辛いことも何とかなると思える。よく「悩みなんてなさそうだね」って言われるけど、私だって悩むよ。ただそんな時はあえて笑顔を作ると、たいていのことはどうでもいいやって思える…

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「お前、寝てんじゃねぇだろうな」 どれくらいそうしていたかわからなくなった頃、涼が呟いた。眠らないこの森で寝ているはずがないから、「そろそろどけ」と遠まわしに言ったのだろうと思って、「起きてるよ」と体を起こした。 「ならいい」 すると力強い腕…

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血のつながりに固執する義母や夫に、椎奈は結局何も言い返せなかった。そればかりか、やがて自分もその考えに染まっていった。 ただ純粋に子どもが欲しかっただけの椎奈の気持ちは、度重なる辛い出来事を経て、やがて異質に変容していった。 三者面談で、そ…

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結婚後、なかなか子どもができなかった。十組に一組が同じ問題を抱える時代と言われているが、不思議とまわりはどんどんできていった。二年以内に妊娠しない夫婦は、不妊症だと判断される。その肩書が椎奈のものになる日が、刻々と近づいていた。 毎月期待し…

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吐き気がした。うずくまってえずいた。一人茂みの陰に隠れ、何も出ないのに何度も繰り返した。 頭の中は思い出したくない記憶でいっぱいだった。どんなに振り払おうとしても無理だった。 死にたいと思った。 やっぱりだめなんだ。 生還から逃げないと決めた…

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――命をつなげられないあなたに…… 唐突に頭にある映像がよみがえった。それは何度も上から蓋をして、思い出さないようにしていた記憶だ。 上等なソファに腰かけて椎奈を正面から見つめる姿勢のいい女性。目を合わせられなくて、その赤いセーターの胸に光るカ…