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涼ちんはものすごく怒っていた。でも加山に「ほっておけるわけがない」「なんとかしてやりたい」って言った。やっぱり涼ちんは優しい。それは加山にも伝わったのか、そこで私は加山の本当の気持ちを知ることになった。あんなことを考えていたなんて知らなかった。生まれてきた証を、私に託そうとしていたなんて。だから私に石を受け取って欲しいって言っていたなんて。
普段ほとんどしゃべらない加山が追い立てられるように早口で話す様子は、まるで加山の心が泣き叫んでいるように聞こえて、私の胸をしめつけた。
話が終わって村に戻る途中、椎ちゃんは少し一人になりたいと言ってどこかへ行った。涼ちんは一瞬そっちを気にしたけれど、私たちを村まで送ってくれた。そして「村から出るなよ」と言い残して、また森へ戻って行った。
加山は私に「いっぱい泣かせてごめん」って謝った。いいよって言っても、何度も謝った。一人になって考えたいと言ったので、そうしてあげることにした。
私は、椎ちゃんが言った言葉を思い出していた。椎ちゃんは、石を受け継がなくたって、加山の存在はもう私の中に刻まれているって言った。
その通りだった。加山が生まれてきた証は、私の中にもうちゃんとある。加山は私の中に、しっかり存在している。だってその証拠に、加山がいなくなったらって考えるだけで、半身をもがれてしまうような気持ちになるんだから。でもこの気持ちを、どうしたらちゃんと加山に伝えられるのかわからなかった。
村に戻ってきた椎ちゃんは、なぜか目が赤かった。でもいつもの笑顔で私に『加山くんを抱きしめてあげて』って言った。
だから加山を探して、何も言わずに抱きついた。加山はびっくりして、そして少し抵抗した。でもこれは、想定内だ。
『加山くんはもしかしたら少し嫌がるかもしれない。でも絶対に離さないで。時間をかけて抱きしめてあげて』
私は椎ちゃんに言われた通り、加山を離さなかった。加山の背中に手を回して、加山の肩に頬を乗せて、じっとしていた。加山はやがて抵抗をやめて、そろそろと私の背中に手を回してきた。どこに手を置いたらいいのかわからないみたいに、腰のあたりに置いたり、肩を抱いたりした後、そのまま動かなくなった。
そのまま随分時間が経った。
やがて加山の腕に、ぐっと力がこもった。
加山が私を、力いっぱい抱きしめてくれていた。
あったかかった。
心地よかった。
全身に加山を感じた。
心臓の音がとくとくと伝わってきて、私は「ああ加山が生きてる」って思った。
加山がまた腕に力をこめた。そして私の耳元で、好きだよって言った。
涙があふれた。
ずっと言われたかった言葉だ。
今度ねと言われてから、ずっと待っていた。
加山はもう一度、好きだよと言って、泣いた。
『ミドリちゃんも、しっかり抱きしめてもらってね。二人の境界がわからなくなるくらいずっとひっついていたら、きっとすごいことが起こるから』
椎ちゃん。
加山が抱きしめてくれたよ。
好きだって言ってくれたよ。
本当にすごいことが起こったよ。
私の好きと加山の好きが、同じになった気がするよ。
やがて加山が体を離した。一人に戻っただけなのに、すごく寂しかった。立っていられなくなって、私はその場にへたりこんだ。加山も同じようにへたりこんだから、二人で顔を見合わせて笑った。
加山はある提案をしてきた。
「もう死のうとなんてしない。配給もちゃんと受け取る。その代わり、涼さんに一つだけわがままを聞いてもらおう」
内容を聞いて、私は賛成した。
加山が生還を決めてくれて、本当に嬉しかった。けれど嬉しいばっかじゃなかった。だって生還するということは、お互いのことを忘れてしまうってことだ。
「お互いのことを忘れちゃうなんて、すごく怖いね」
「大丈夫だよ。怖くなんかない。だって僕たちは必ずまた出会うから。出会って、きっとまたお互いを好きになるから」
そう答えた加山の顔は、すごく頼もしかった。でもすぐ次の瞬間には、弱気な顔になった。加山だってやっぱり怖くて、寂しくて、不安なんだ。それでも私に「大丈夫だよ」って言ってくれた。
「そうだよね! 私たちなら絶対そうなるよね!」
だから私は笑顔で力強くそう答えた。加山は嬉しそうな顔をした。
口にしたら、本当にそうなるような気がした。こんなにお互いを好きで、辛いことを一緒に乗り越えた。そんな私たちになら、きっと奇跡だって起こるはず。
もう迷いはなかった。気づいたら心から笑っていた。加山も見たことないくらいいい笑顔をしていた。
笑うと、どんなことだって何とかなると思える。
しかも今は加山がそばにいる。笑顔の加山が一緒なら、どんなことだってうまくいくに決まっている。
どちらが先に生還するかな。加山が先なら、私はすぐに追いかけるからね。私が先なら、向こうで待っているからね。きっとまためぐりあおうね。
私たちは互いの腕の石一つ一つに想いを込めて触れ合った。そこに記憶を封じ込めるみたいに、愛しい想いをそこに刻みつけるみたいに、何度も何度も互いの石に触れた。