*長編小説* 森の記憶

いつか失われる記憶の中で愛し合い、求め合い、精一杯生きる人たちの物語

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 辛いときこそ笑うようにしている。

だって笑うと元気が出てきて、辛いことも何とかなると思える。よく「悩みなんてなさそうだね」って言われるけど、私だって悩むよ。ただそんな時はあえて笑顔を作ると、たいていのことはどうでもいいやって思えるんだ。あれ、もしかしてこれがみんなが言う「悩みがない」ってことなのかな。

 この森に来たのは、十一月二日。どうしてしっかり覚えているかというと、前日が誕生日だったから。私は十九歳になった。

 あの日はたしかバイトもなくて、リビングのソファに横になって、録りだめておいたドラマを観ていた。もうすぐお母さんが帰ってくるな、と思っていたら、突然びっくりするくらい頭が痛くなった。お母さんが帰ってきたら、病院へ行った方がいいか訊こうと思った。

 気づいた時には森にいて、超美形の侍に話しかけられていた。変な夢でも見ているのかな、と思った。よくわからないうちに頭に布を巻かれて、人がたくさんいるところに連れて行かれて、石を集めろとか色々言われた。夢だと思っていたので、よく聞いていなかった。このお侍さん、「ござる」とか言わないんだな、なんて考えていた。

 侍がいなくなると、すぐに女の子が話しかけてきた。同じ十九歳の華ちゃんという女の子だ。華ちゃんはこの森のことをわかりやすく教えてくれた。何度同じことを聞いても、嫌な顔せず何度でも答えてくれた。すぐに華ちゃんが大好きになった。

 この森は、意識不明の人が来る森なんだって。私は信じられなかった。華ちゃんは難しい言葉であれこれ説明してくれたけど、よくわからなかった。でも華ちゃんが夢じゃないって言うんだから、夢じゃないんだろうなと思った。

「華ちゃんは物知りだね」と言うと、「本を読むのが好きだから」って言って笑った。華ちゃんは小さい頃からずっと入退院を繰り返していて、ベッドでおとなしくしていないといけないから本をたくさん読んでいたんだって。「森では体がどこも苦しくないから嬉しい」って言ってた。

 石のことも、村のことも、全部華ちゃんが教えてくれた。私は玄武で、華ちゃんは朱雀。私は緑の石を、華ちゃんは赤い石を集めれば生き返ることができる。あ、ちがう。死んでいるわけじゃないから、生き返るんじゃない。正しくは、生還することができる。

 村では十八歳以下の子は、毎日一つ石がもらえる。私はすっごく悔しかった。だって十九歳になったばっかりだ。なんだか損をした気分だった。十九歳以上の人は、五日に一度しか石がもらえない。

「じゃあ華ちゃんはどうやって石を集めているの?」と訊くと、「エッチをして石をもらってる」って答えた。ちょっと意外だった。華ちゃんはそんな援交みたいなことをする子には見えなかったから。

 華ちゃんは「私は一生セックスせずに死ぬと思ってたから、嬉しいんだ」とまた笑った。華ちゃんは元の世界よりも、この森の方がうんと幸せみたいだった。家に帰りたくはないのかな。お母さんに会いたくはないのかな。私は、お母さんに会いたい。だから早く石を集めようと思った。

 それでもしばらくは様子を見ていた。配給は何日か先だったので、もちろん石は一つも増えなかった。

 その間も美形の侍は何度も声をかけてくれた。口調は荒っぽいし無愛想だけど、結構優しい人みたいだ。「涼ちんって呼んでもいい?」と訊くと、一瞬すごく嫌そうな顔をした後で「好きにしろ」って言った。

「エッチをして石を集めようと思うけどどうかな」って訊いたら、「何考えてんだ、てめえは。バカなこと言ってねえで、じいさんばあさんの肩でも揉んでこづかいをもらえ」ってムカデでも見たみたいな顔で吐き捨てた。「涼ちん、私とエッチしたい?」って訊いたら、「いっぺん死んでこい」って頭をはたかれた。

 元々、ちょっとでもいいなと思う人となら、エッチすることは嫌じゃなかった。だから涼ちんには悪いけど、私も華ちゃんと同じやり方で石を集めることにした。

「同じ玄武の人とだけは絶対にエッチしちゃいけないよ」って華ちゃんから怖い顔で何度も言われた。玄武の人とすると、その人は死んでしまうって。嘘みたいと思ったけれど、本当だったら困るからやめることにした。

 でも心配する必要はなかった。実は村で女の子とそういうことをしているのは一人しかいなかった。前は何人かいたりしたこともあるみたいだけど、今は一人しかいないみたい。その人は白虎で、元の世界では酒屋をやっている熊さんという人だ。森の熊さんなんて冗談みたいだけれど、本名なんだって。熊さんは「ごうたん」な人だって華ちゃんが言ってた。

 熊さんは三十三歳で独身。涼ちんと同じ新人さんの保護とか村の警備の仕事をしていた。「私も華ちゃんと同じ仕事をするよ」と話しかけたら、次の日の朝会で「今日の給料は緑の石でくれ」と言って涼ちんに怒られていた。「やっぱあかんか」と大きな口を開けて笑っていた。面白い人だと思った。次の日、熊さんは緑の石を四個も用意してやってきた。

 一気に四個も緑の石を手に入れたのに、私はまだ生還しなかった。その後も、三回くらい熊さんとエッチをした。石は全部で十三個になったけれど、まだ生還しなかった。

 ある日一人で日向ぼっこをしていると、男の子が話しかけてきた。初めて話す子だった。

「石のために男の人とああいうことをするのはやめた方がいい」と震えながら言ってきた。「どうして?」と訊くと、何も言えなくなって俯いてしまった。

 変な子だな、と思って華ちゃんに話すと、「その子なら今までもずっとちらちらミドリの方を見ていたよ」って教えてくれた。「ミドリのことが好きなんじゃない?」ってからかわれて、私は一気に恥ずかしくなった。全然気づかなかったけど、そうなのかな。その子のことが気になるようになった。

 

 

  

 

 

つづき

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