*長編小説* 森の記憶

いつか失われる記憶の中で愛し合い、求め合い、精一杯生きる人たちの物語

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 このやり方でいくことにした。自信がありそうな奴をつかまえては、石を賭けて勝負した。石は次々に集まった。集めた石は、ひょろひょろやその辺の奴と青い石に交換した。間もなくひょろひょろは涼と交換した石で生還した。涼の青い石は二十個を越えたが、まだ生還しなかった。

 森に涼の噂が流れ出した。侍の格好をしたとても強い男がいて、そいつは石をたくさん持っていると。すると環境が一変した。涼の石を狙って人が襲いかかってくるようになった。そいつを倒して石を奪った。殺されたくなければ石を置いていけと脅せば、みんな震えあがって置いていった。本当に殺す気などあるわけがないのに。

 いつ襲われるかと常に神経をとがらせていた。襲われては叩きのめし、怯える奴から石を奪った。弱々しい奴が、涼の姿を見ただけでバケモノでも見たような顔をして逃げて行った。見たこともない奴に敵意をむき出しにされた。自分が何か別の人間になってしまった気がした。

 石が増えていくにつれ集団に襲われるようになった。一対一では敵わないと最初から踏んで、複数で、かつ武器を持って襲ってきた。武器と言ってもせいぜい枝を加工したようなものだが、それでも脅威だった。四、五人までなら何とかなった。所詮元の世界でろくに体を鍛えていなかった奴らの寄せ集めだ。けれどそれ以上となると余裕がなかった。

 涼はついに人を死なせてしまった。揉み合っているうちに額の石に触れてしまったのだ。自分が生きるためだったとはいえ、自分のしてしまったことが恐ろしくて仕方がなかった。まさか人を殺してしまう日が来るなんて夢にも思っていなかった。しばらくは何も考えられなかった。けれどその間も、石を狙われ、襲われ続けた。さらに何人かを死なせた。

 最初は不思議だった。どうしてここの人間は、人を脅したり、まして殺してまで石を奪うことにここまで抵抗がないのだろうか。ゲームか何かだと思っているのか。たしかに石を飲み込んで霧のように消えてしまう様は到底現実とは思えないが、そこまで割り切ることができるものだろうか。脅せば怯える。殴れば痛がる。それなのに何も感じないのか。自分が生き残るためか。生還するためか。自分がされたからか。やらねばやられるからか。俺は甘いのか。これが普通なのか。頭が混乱した。

 けれどやがて何も感じなくなった。体が勝手に動いた。心は鈍りきっていた。鈍くでもならないと生きていけなかった。

 涼には「ハイエナ」という輩が後ろについていた。この森では、自力で石を集める力のある者を「戦士」と呼び、戦士にはハイエナというおこぼれにあずかる者がつく。戦士が得た石のうち、戦士の生還に必要のない石をハイエナが持っている石と交換するのだ。涼は自分が得た石のうち、青以外の石一個につき青い石二個の割合で交換する条件でハイエナを従えていた。他の戦士の中には石一個につき三個要求する者もいたので、涼のもとにはより多くのハイエナが集まった。ハイエナは青い石がなくなれば別の戦士を探しに去って行くが、涼のもとには常に多くのハイエナがいた。

 ハイエナがついたことにより石の集まるスピードが加速したにもかかわらず、涼はまだ生還しなかった。石は六十個を越え、やがて七十個を越えた。

 狂ってしまいそうだった。一体いつまで石を集め続ければいいのか。いつになったら生還できるのか。毎回石を飲み込むごとに今度こそはと期待し、裏切られた。目の前で何人もの人間が生還していった。涼はただ石を取り込むだけだった。

 これを延々繰り返すうち、ついに最後の糸が切れた。

 目に入った奴は片っ端から襲って石を奪った。少しでも逆らえば躊躇なく額の石に触れた。元々無愛想だった顔に凄味が加わり、ハイエナも必要な時以外は話しかけてこなくなった。

 森は一日中昼の状態で時間の感覚がまるでない。自分が森へ来てからどれだけ経ったのか、もうわからなかった。もう今さら意識を取り戻しても映画への出演はかなわないかもしれない。長い間ベッドに寝かされていては筋肉も落ちてしまっているだろう。自分が何をしているのかもわからなくなった。まるでそのために作られたマシンであるかのように、ただ石を集め続けた。

 石はやがて九十個を越えた。そんな数の石を持っている奴は見たことがなかった。やはり騙されていたのだろうかと思った。実は自分はもう死んでいて、ここは地獄なんじゃないかと疑った。終わりのない時の中で時に人を殺めてしまいながらただ石を集め続けることは、地獄に他ならなかった。

 そんな時、女に誘われた。やればすっきりするかもしれないと半ばやけくそ気味に応じた。すると行為の直後、女が目の前から霧のように消えた。まるで生還した時のような消え方だった。地面にも生還した時と同じように石がいくつか落ちていた。わけがわからないまま慌てて拾って飲み込み、石の交換のためにハイエナの元に行くと、ハイエナの一人が「侍さん、ちと気前が良すぎませんでしたか」と言ってきた。どういうことか訊くと「もしかして知らないんですか」と驚いた顔で説明を始めた。

 最悪だった。女と行為に及ぶと石が移動するらしい。涼は確認しなかったが、女の額の石は白だったとハイエナが言った。

 今回の過ちによって、女の青い石は自分に、自分の白い石は女に移動したということになる。涼の体に白い石は十個以上あった。知っていれば絶対に応じなかった。女が青い石をいくつ持っていたかは今さらわからない。女に会う前の涼の体には、九十二個の青い石があったが、いくつ増えただろうか。もう数え直す気にもなれない。

 いい機会だった。涼はこの時から自分の体の石を数えることをやめた。今回のことは、相手の額の石の色が青でなかっただけ良しとして忘れることにした。もし女の額の石が青だったならば、涼は死んでいた。

 

 

 

 

 

つづき

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