*長編小説* 森の記憶

いつか失われる記憶の中で愛し合い、求め合い、精一杯生きる人たちの物語

2021-03-03から1日間の記事一覧

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椎奈が微笑み返した時、村の中心部から「おー」という歓声が上がった。それをしおに「じゃ、村の警備があるから。またね」と雄一郎と大河が仲良く去って行く。大河は一度振り返ると、「鉢巻楽しみにしてまーす!」と大きく手を振ってきた。元気な子だ。 歓声…

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* * * 朝会が終わると、文ちゃんが駆け寄って来た。 「椎ちゃん!朝会どうだった?村のこと色々わかった?」 「うん!文ちゃん、村はすごいね。私、感動したよ」 文ちゃんは「よかった!これからよろしくね」と満面の笑みで椎奈の手を握って、ぶんぶん振…

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最初は自分の笑い声で葉が揺れているのだと思った。そんなはずないのに本気でそう思った。けれどすぐに風が吹いているのだと気づいた。 笑い声をおさめ、風の方向を見定めた。それは体に刷り込まれた行動だった。これまで幾度となく新人を探し、風が新人を中…

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アキラは涼の下でしつこく暴れた。その手が何度も顔をかすめる。涼はアキラの両手をまとめて片手で押さえ込むと、体に乗り上げて体重をかけた。アキラがうめく。 「どういうつもりだ」 見下ろして凄んだ。襲われる理由が全く思い当たらない。 「お前の石……」…

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その後、村には様々な人が加わった。 陣さんという四年も森にいる強者がやってきた時には、さすがの涼も言葉を失った。陣さんは黄龍だったため、村の共有財産の管理を頼むことになった。その後さらに甘利さんという黄龍も加わり、甘利さんが共有財産の管理、…

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木に登り、ひたすら枝を折って下に落とした。力仕事は得意だ。単純作業は向いていたのか、すぐに無心になった。腕が少し疲れてきた頃、厚い層の一部が完全に空に突き抜け、光が差し込んだ。嬉しくなって疲れを忘れ、どんどん枝を折って穴を広げた。 さすがに…

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どうしようもなく荒んでいた。もう石を飲み込む度に生還を期待することもなくなっていたし、生還した者を羨ましく思うこともなくなっていた。いや、本当はどちらも感じていたけれど、心がそれを受け入れることを拒否していた。期待すれば裏切られる。羨まし…

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このやり方でいくことにした。自信がありそうな奴をつかまえては、石を賭けて勝負した。石は次々に集まった。集めた石は、ひょろひょろやその辺の奴と青い石に交換した。間もなくひょろひょろは涼と交換した石で生還した。涼の青い石は二十個を越えたが、ま…

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気がつくと、木々の間に横たわっていた。気を失っていたようだ。頭でもぶつけたんだろう。これまでにもアクションシーンで失神してしまうことは何度もあったので、大して慌てることもなかった。ただ不思議なことに、頭は全く痛くなかった。こぶもできていな…

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* * * 小さい頃から運動は得意だった。運動が得意な男の子はモテる。しかも涼の場合、近隣の学区にまでその名が轟くほどのずば抜けた容姿も相まって、その人気は絶大だった。しかし当の本人は全く色恋に興味がなく、男友達と外で駆け回る方がうんと好きだ…