*長編小説* 森の記憶

いつか失われる記憶の中で愛し合い、求め合い、精一杯生きる人たちの物語

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 その後、村には様々な人が加わった。

 陣さんという四年も森にいる強者がやってきた時には、さすがの涼も言葉を失った。陣さんは黄龍だったため、村の共有財産の管理を頼むことになった。その後さらに甘利さんという黄龍も加わり、甘利さんが共有財産の管理、陣さんは石を預かる仕事をするようになった。

 二十五歳の鳶職、広樹も加わった。透けるほど色が抜けた髪からは想像がつかないほど真面目な男で、そのくせ喧嘩が滅法強く、涼や雄一郎と同じ村の警備などの仕事についてもらった。

 村のシステムが飛躍的に発展し出したのは、文ちゃんというとびきり賢い男がやって来てからだ。文ちゃんは村のシステムに異常なまでの興味を示し、穴をついては補完していった。森や石、村のシステムについてのマニュアルを作り、それまで適当にやっていた新人への森や石や村の説明を全面的に請け負ってくれた。共有財産や、入れ替わりの激しい村のメンバーの管理、イレギュラーな事態への対処、朝会の司会進行など、その村への貢献度は半端ではなかった。村に石像が立つとしたら間違いなく蒲田さんと文ちゃんだろうと思うほど、その活躍は目覚ましかった。

 こうして村が発展し、人間らしい暮らしが保障されて精神的に落ち着いてくると、次第に忘れていた悩みがまた顔を出し始めた。村づくりに夢中だった間は忘れられていた、生還に対する焦りだ。村のシステムが軌道に乗り、順調に給料が与えられるようになってからも、涼は一向に生還しなかった。体の石は腕には納まりきらず、ついには肩や胸にまで広がっていた。いよいよ自分はおかしいのではないかと思い始めていた。なぜいつまでも生還できないのか。本当に生還できるのか。一生この森で暮らすのか。生還前に死んでしまうのではないか。一人になると、叫び出したくなるような恐怖に駆られた。

 そんな時に村にやって来たのがアキラだ。アキラは梟を抜けてきた十七歳の白虎の少年だった。まだできて間もない梟は統制が取れていないのか、こんなふうに抜けてくる若者が後を絶たなかった。

 村ではいつも叱り役であまり年下から好かれない涼だったが、アキラは涼に懐いた。涼がいくら冷たくあしらっても、しつこく話しかけに来た。涼さんはかっこいい、涼さんほど村のことを思っている人はいないと誰彼構わず褒めて回っていた。涼が森の巡回から村に戻ると、すぐに気づいて駆け寄ってきた。涼も村に戻ると、タオルを頭に巻いたジャージ姿の少年をまず探すようになった。まとわりついてくる弟のような存在をひどい言葉で追い払うのが楽しかった。

 アキラは涼に憧れていると言って、涼の仕事を覚えたがった。ちょうど文ちゃんのアドバイスで、自分が生還した時のために仕事の後任を育てる動きがあったので、涼はアキラを下につけた。雄一郎には大河という後任候補がついていた。

 アキラといる間は生還しない焦りや死への恐怖を忘れられた。森で一人になった時に負の感情に押し潰されそうになることが多かったので、一緒に森に出てくれるアキラの存在はありがたかった。顔や態度には出さなかったが、本当にかわいいと思っていた。

 あの日、涼はアキラとともに森の巡回に出ていた。アキラはやたらと村から離れたがり、理由を聞くと、村には雄一郎が、岩のところには広樹がいるのだから、より多くの新人を確実に助けるためには村から離れたところを巡回すべきだとアキラは得意げに答えた。涼の後任としての自覚が出てきている様子が、とても好ましく思えた。

 その時突然、アキラが背後から涼を襲った。不意を突かれた涼は鉢巻を奪われ、アキラの手は涼の額の石すれすれのところまで迫った。咄嗟に身を翻すも、しばらくもみ合いになった。アキラが涼の左袖を引きちぎった。ものすごい力に、背すじが凍った。激しい攻防の末、ようやく涼はアキラの胸倉をつかんで地面に押さえ込んだ。

「なにすんだてめえ!」

 怒鳴りつけると、アキラは「クソッ!」と叫んで顔を歪めた。

「あと少しだったのに!」

 

 

 

 

 

つづき

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