*長編小説* 森の記憶

いつか失われる記憶の中で愛し合い、求め合い、精一杯生きる人たちの物語

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 村の外れの傾斜が緩やかな場所を、鉢巻製作の拠点にすることにした。針を扱うのであまり人のいないところにしたかったし、そこが村の中でもとりわけ日当たりがいいように見えたからだ。

 椎奈はまず自分の鉢巻を作り始めた。裁縫セットには鼻毛を切るのにも苦労しそうな小さな鋏しか入っていなかったため、ロングスカートは手で裂いた。端を綺麗に始末し、涼にもらった鉢巻のほつれから取った糸を使って風をイメージした刺繍を施した。涼がくれたものを、形を変えて新しい鉢巻に残したかった。最後に予め取っておいた木の葉を、小さな鋏で加工して花のモチーフをいくつか作り、鉢巻に糸で縫いつけた。仕上がりはなかなかのものだった。

 次に大河の鉢巻を作った。雄一郎とお揃いの赤い鉢巻という注文だったので、これには椎奈の着ていた赤いカーディガンを使うことにした。カーディガンは裂きにくく、苦労した。立ち上がって、普通の大きさの鋏を探して村の人たちに聞いて回ってみたけれど、今この村に鋏はないようだった。

 大河は男なのでシンプルなものがいいだろうと、端を始末しただけで飾りは何もつけなかった。出来上がったものを早速渡そうと村を見回してみると、雄一郎と森に出ているのか姿はない。

 椎奈はその後ロングスカートを何本か裂き、一本は文ちゃん用に仕上げ、他のものも、あとは飾りを施すだけの状態にまで加工しておいた。もしも他にも作って欲しいという人がいて石と交換できたら、新しい布を手に入れて色々な鉢巻を作ることができる。様々なデザインを頭に浮かべながら、時間を忘れて作業に熱中した。

 やがて大河が戻って来たので、鉢巻を持って向かった。途中で目ざとく椎奈の鉢巻を目にした女性が近づいて来て、作ってほしいと頼まれたので喜んで引き受けた。やはりあの鉢巻が嫌だったのは、自分だけではなかったのだ。

 鉢巻を渡すと、大河は奇声を上げて喜んだ。そして自分の腕を覗き込むと、今度は泣きそうな顔で椎奈を見上げた。百面相だ。

「椎奈さん、たしか朱雀っすよね」

「うん。そうだよ」

「あーどうしよう俺、今緑の石しか持ってねえ!椎奈さん、緑で払ってもいいっすか?」

 すると横から雄一郎が呆れた声で言った。

「大河、石はちゃんと色のバランスを考えて使えよ。森に巡回に出る時は、村の共有財産を預かって出会った人と取引するんだ。石の使い方を覚えるのも重要な仕事だぞ」

 はーい、と大河は反省しているのかしていないのか怪しい声で答えた。

 雄一郎の言葉は一理あった。確かに自分の色以外の石は、まんべんなく体に残っていると色々な取引に便利かもしれない。

 叱られる大河がおかしくて、椎奈は思わず笑って言った。

「石はいらないよ。大河くんにはプレゼントする」

 大河は高校生で配給の対象者だ。配給をもらっている子どもから石をもらうのは気が引けた。それに大河の鉢巻には椎奈のカーディガンを使った。元手がかかっていない。手間もほとんどかからなかった。石は受け取らなくても問題ないだろうと思った。

「でも……」

 それは申し訳ないという顔をする大河の横で、雄一郎も「受け取って」と椎奈に微笑みかける。もう一度断ろうとした時だった。

「受け取れ」

 後ろから声がしたので振り返ると、涼が立っていた。

「ガキ相手にかっこつけてねぇで受け取れ。だいたいなぁ……」

 なぜかものすごく怒った調子で話し出した涼は、途中でふと口をつぐんだ。

「もういい。好きにしろ」

 そしてすぐさま背を向けて立ち去ろうとした。意味がわからない。

「待って」

 右袖をつかんで引き留めると、涼は驚いた顔で振り返った。

「私が何か間違ったことをしたならちゃんと言って。聞くから」

 まだ村にも森にも知らないことがたくさんある。何かあるのならきちんと言って欲しかった。

「お前……雪乃さんとは話したか」

 すると侍はふっと目を逸らし、低い声で唐突に女性の名前を出してきた。

「雪乃さん?」

 名前は聞いたことがある気がしたけれど、すぐには思い出せない。

黄龍の女だ。挨拶しとけ」

 会話に脈絡がなさすぎて混乱した。この人はもしかしたらコミュニケーション能力に欠陥があるのではないだろうか。私が間違っていることがあれば教えてほしいと言ったのに、黄龍の女性に挨拶をしろと言う。

 しかも『お前』って。椎奈は男にお前と呼ばれることは好きではなかった。

 戸惑いとわずかな怒りを整理できない椎奈の前から、涼はそのまま去って行った。

「あいつ超感じ悪くないっすか」

 涼にも聞こえるほどの声で大河が言い、「あいつって言うな」と即座に雄一郎に窘められる。

「俺、侍大っ嫌いっす。口悪いし偉そうだし。今のも何すか。言いたいことだけ言ってどっか行っちまうし。椎奈さん、あんな奴のことなんて気にしなくていいっすよ。そうだ、鉢巻ありがとうございました」

 そう言うと、大河は緑の石を差し出してきた。椎奈はそれをその場で飲み込んだ。

 

 

 

 

つづき

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