*長編小説* 森の記憶

いつか失われる記憶の中で愛し合い、求め合い、精一杯生きる人たちの物語

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「それにしてもこの六人はすごいね。みんなすごい数字!」

 少年が六人の頭の上を舐めるように眺めた。そして椎奈の上で視線を止めると、まっすぐに人差し指を向けてきた。

「中ではお姉さんが一番少ないね。って言っても四十三個だから十分大物だけど」

 椎奈の心臓が大きく跳ねた。

――四十……三……?

 すぐには言われたことが理解できず、何度もまばたきを繰り返す。「よんじゅうさん」というただの文字の集合体が、頭のまわりをぐるぐる巡る。その数字をどう受け止めたらいいのかわからない中で、心臓だけが痛いほど暴れていて、ただ呆けたように少年を見つめ返した。

「貴様!」

 放心する椎奈の隣から、涼が飛び出して少年につかみかかった。少年は意外な素早さで身を翻し、涼をかわした。

「おっと。お前が噂の侍か。ははっ、本当に侍みたいな恰好をしているんだね。あんたには聞きたいことがあったんだ。ねえ、アキラはどうなった?」

 さらに詰め寄ろうとしていた涼の動きが、その言葉に反応して止まった。

「アキラにお前のことを教えたのは僕だよ。ねえみんな、ヤギって知ってる?知らないよね。あのね、梟では必要な石の数が多い人間を『ヤギ』って呼んでいるんだ。前までは三十個集めても生還しない奴をそう呼んで、殺してその石を分け合っていたらしい。だって石の数は限られているのに、ヤギがいつまでも体に膨大な数の石を抱えているのって無駄だもんね。その石ですぐにでも生還できる人がたくさんいるっていうのにさ。僕が梟に入ってからはね、三十個なんて待たずにヤギを特定できるようになったんだ。みんなの迷惑になるヤギは、すぐに殺されたり、梟を追い出されるようになった。アキラはね、ヤギだったんだ。あいつは二百以上の石が必要だった。二百だよ、二百。もちろん梟を追い出されることになったんだけど、かわいそうに思った僕が『村っていうところにものすごい数の青い石を持った侍っていう奴がいるらしいよ』って教えてあげたんだ。ねえ侍さん、アキラはどうなったの?」

 涼が倒れてしまう気がして、椎奈は思わず進み出た。涼はその気配を感じると、手で椎奈の動きを制した。

「この村ってさ、親切だよね。ヤギとも仲良く暮らしている。誰も不満に思ってないのかな。そのヘンテコな格好してる人もさ、白い石をたくさん持っているんでしょ?梟でも有名だよ」

 少年は今度は雄一郎を顎で示した。少年につかみかかろうとする大河を、雄一郎が止める。少年は雄一郎を見つめる目を細めた。

「それからあんたの額の石はさ、死んだら黄龍石になるよ。僕、そういうこともわかっちゃうんだよね。えっとたしかさっき……そうあそこにいるガキ! あいつはあと一つで生還するから、飲ませてやれば?」

 少年が示したのは雪乃さんの膝の上で手遊びをしている黄龍のわー君だった。

「ふざけんなよ、てめえ!」

 涼が少年の胸倉をつかんで揺さぶる。すぐに少年がその手を薙ぎ払った。

「離してよ。僕が言っていることはさ、別に滅茶苦茶なことじゃないよ。少しでも多くの人を助けようと思って言っているんだ。村には共有財産とか言って、余っている石があるんでしょ?遊ばせている石も多いって聞いた。それを僕がこの力を使って効率よくさばいてあげるよ。それからここにいる六匹のヤギ……特に侍と空手!あんたらが持っている大量の石も有効活用してあげる。一人の犠牲で何十人っていう人が生還できるんだ。すごいと思わな……」

 涼の手を振り払って、少年の前まで進み出た。そして思い切りその頬を叩いた。手の平に鋭い痛みが走る。肩が激しく上下した。

「自分が何を言ってるのかわかってるの!?」

 椎奈が怒鳴ると、突然後ろから頭と肩を抱えられた。そのままぐいぐい後ろに引き戻される。涼が椎奈を抱きかかえて少年から引き離すように後退していた。頭をその手で守ってくれているのは、少年が何かの拍子に椎奈の額の石を狙うと考えたからだろうか。

「離して!」

「落ち着け!あいつは他にも変な力持ってっかもしんねぇだろ!お前は近づくな!」

 その言葉に我に返る。涼の言う通りだ。

 涼は椎奈から離れると、殴られて放心している少年の腕をひねり上げて背中で固定し、懐から取り出した鉢巻で縛り始めた。

「やめろよ!縛るなんてまるで犯罪者じゃないか!僕は変な力なんて持ってない。ただ必要な石の数が見えるだけだ!」

「どうだかな。まあでも確かに封じておくべきは手じゃなくてお前のそのよく動く口かもしんねぇな。猿ぐつわでも噛ませてやろうか」

 低く凄む涼を、少年は無言で睨みつけた。

 再度村の中心でざわめきが起こる。目をやると、普段はほとんど腰を上げない老人たちまでもが人々の輪まで足を運んでいた。

 涼は一瞬椎奈に目を向けた後、少年を引きずるような形でざわめきの渦中に向かって歩き始めた。雄一郎がそばに来て「大丈夫?」と声をかけてくれたので、うなずいて一緒にその後に続いた。文ちゃんと広樹が駆け出し、一足先に騒動の中に飛び込んで行った。

 

 

 

 

 

つづき

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