*長編小説* 森の記憶

いつか失われる記憶の中で愛し合い、求め合い、精一杯生きる人たちの物語

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「それに俺は、その力は村に大きな利益をもたらすと思いますよ。だってみんな今、自分の生還に必要のない色の石をたくさん体に持ってるっしょ。それは『自分がいつ生還できるかわからないから』だ。あとどれだけの時間をこの森で過ごすことになるかわからないから、この先何かに使うかもしれないっていう不確かな理由で体に余分な石を持っている。でももしあといくつで生還できるかわかっていれば、むやみに余分な石を持とうとはしないんじゃないっすか。だからその力があれば、みんながもっと活発に石をやり取りすることも可能になるんじゃないかって思うんす」

 思いがけない大河の発言に、まわりの五人は目を丸くした。大河の口からこんなふうに石の流れを俯瞰的に見た意見が出るとは思いもしなかった。大河は意外にも広い視野で村を見ているらしい。文ちゃんが感心したようにうなずき、すぐに受け答えた。

「たしかに大河の言う通りだ。人々が体に持つ生還に必要ない色の石をどう回していくか。これは村の今後の課題でもあると言っていい。でも僕は、その力による危険性の方を見過ごすことはできないよ。もしもその能力が村に絡んできたら、村の存続自体が危うくなってしまうと僕は考えているんだ」

「どういうことっすか」 

「まず、その能力を持った人が圧倒的な力を持ってしまうことになるよね。石の数を教えてほしければ石をよこせって強い態度に出られたとしても、喜んで石を払うって人はいくらでも出てくると思う。それから、その人が正しい数字を教えてくれているっていう保証はどこにもない。真偽を確かめようがないから、嘘の数字を教えられて徒に翻弄されてしまう可能性もある。つまりその力を持つ人物の人間性によっては、大混乱が巻き起こりかねないってこと」

 大河が神妙な顔でうなずく。

「それからこれが一番怖いんだけど……村の治安が悪くなる、つまり、村で殺しが起きるようなことになるんじゃないかと思うんだ」

 殺しという言葉に、五人が一様に身を固くする。

「自分があといくつで生還できるか知っていれば、誰かを殺してでも石を得ようとする人が絶対に出てくると思う。だって、たとえ殺してしまったとしても生還してしまえば罰せられることもないし、その人自身も森での記憶を失うわけだから罪悪感に苛まれることもない。この森は、殺しに対するハードルが極端に低いんだ。僕たちの村は、命の危険を感じることなくみんなで協力し合って石を集められるようにと作られたものだ。必要な石の数がわかってしまうことは、その根幹を揺るがす事態なんじゃないかと僕は危惧せずにはいられない」

 大河は眉間に皺を寄せて、黙り込んでしまった。

 文ちゃんの意見は信じたくないがその通りだ。

 それに椎奈は文ちゃんが挙げなかった別の恐怖も感じていた。

 例えば自分に必要な石があまりにも膨大だと知ったらどうだろう。到底集めきれるとは思えない数だと知ったら、石を集める気力を失ってしまうのではないだろうか。たとえば涼が……

 涼に視線をやった時だった。

 村の人々の間にどよめきが起こった。咄嗟に涼、雄一郎、広樹が体を起こし、村に目を走らせる。椎奈はどよめきの中心に目をやった。人が集まってひどくざわついている。その人の輪から一人の男性がこちらへ向かってきた。先ほど見かけたパーカーの男だ。

「大泉さんはどこだ?」

 広樹が強張った声を漏らす。ここにいるメンバーから考えて、大泉さんには村の警備が依頼されているはずだ。その大泉さんの姿が見当たらない。椎奈の首すじに粟が立った。

「大泉さんって人なら、生還したよ」

 パーカーの男が言った。その声で、男が思っていた以上に幼いことに気づく。

「生還したって……?」

 文ちゃんの目が鋭くなる。こんな時間に生還するなんて村では考えにくい。何か尋常でないことが起きている。

「大泉さんって人に生還に必要な石の数を教えたんだ。でも全然信じてくれないから僕の青い石をあげたわけ。それで生還したんだよ」

「君……まさか……」

「だから言ったでしょ、文ちゃん。梟には生還に必要な石の数がわかる人がいるって」

 男がフードをめくった。 

 日本人離れした容姿の少年だった。

 髪は上等な毛皮のようになめらかで、濃い蜂蜜のような色をしていた。透けるような白い肌にバランスよく配置されたパーツはどれも色素が薄く、見る者に儚げな印象を与える。そして何より目を引くのが、その顔にこれ以上ないというほどしっくりとなじむ、額で琥珀色に輝く黄龍石だった。

「それ、僕のことだよ」

 背はさほど高くなく、華奢なその体はどう見ても危険な存在には思えないのに、この場の全員が警戒を解けなかった。

「ま、僕は梟を出てきちゃったから、梟には生還に必要な石の数がわかる人が『いた』って言わなくちゃいけなかったね」

 ごめんごめん、と少年は楽しそうに笑った。

 

 

 

 

 

 

つづき

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