*長編小説* 森の記憶

いつか失われる記憶の中で愛し合い、求め合い、精一杯生きる人たちの物語

2021-03-08から1日間の記事一覧

80

ミドリと加山が生還した場所に、涼と椎奈はいた。椎奈の希望で、最後の場所はここを選んだ。ミドリの鉢巻が結ばれた木に背を預け、二人で並んで腰を下ろす。耳が痛いほど静かで、自分の鼓動と触れたところから伝わる涼の鼓動だけが、時が止まっているわけで…

79

涼と椎奈にとっての最後の朝会が始まった。この日は十九歳以上の配給もあったため、生還者が続出した。椎奈や涼のように、生還に必要な石の数を知った人が余分な石を共有財産に提供することが多く、配給が不足なく行き渡ったことも一因だったかもしれない。…

78

その足で、大河の元に向かった。 実は受注していた鉢巻の受け渡しで、思わぬ誤算があったのだ。二人のうち一人が、朱雀だった。当然赤い石では払ってもらえない。 白い石で受け取ったので、大河の持っている赤い石と交換してもらおうと思いついた。朝会で共…

77

逢瀬を重ねる以外に、残りの三日間でやるべきことは意外にもたくさんあった。 時間を見つけては世話になった人と話をした。陣さん、甘利さん、雪乃さん、文ちゃん、椎奈が通りかかると必ず声をかけてくれた人たち。みんなと思い出を語り合い、礼を言って別れ…

76

結局涼と椎奈は、涼の体に二百九十九個の青い石と十四個の赤い石、椎奈の体に二十六個の赤い石と十二個の青い石を残して、その他の石を全て共有財産へ提供した。 二人で生還の日を、三日後のクリスマスの日に決めた。それまでに涼は給料と配給合わせて四個の…

75

突然涼がとてつもなく強い力で椎奈を引き寄せ、きつく胸に抱いたかと思うと、驚いて少し開いてしまった唇に獣みたいに噛みついてきた。 キスをされているのだと気づいた時には、すでに舌の侵入を許していた。 「えっ、ちょっ、待っ……」 何の心の準備もできて…

74

二人で甘利さんに石を払った後、涼は「ちょっとついて来い」と言って文ちゃんの元へ行き、ボールペンを借りると椎奈を森へ連れ出した。 「『岩』を少し貸してくれ」 と言っていたので、行先はあそこだろう。椎奈が森へ来た日に、文ちゃんから森や石の説明を…

73

すぐに紫音が涼に謝りに来たのだとわかった。朝会でみんなの前で謝罪はしたものの、椎奈は紫音に、同意なく石の数を教えてしまった人、そしてひどいことを言った人に対して直接謝るよう話していた。 自分がいては謝りにくいだろうと、立ち上がってその場を去…

72

「私……石を払った方がいいかな」 涼と椎奈はいつもの傾斜に並んで腰を下ろし、まるで芸能人を囲む野次馬のように紫音に群がる人々を遠くから眺めていた。 「なんのことだ?」 「ほら私、紫音から必要な石の数聞いたからさ。石、払った方がいいかなと思って」…

71

* * * 雄一郎が亡くなってから四日が過ぎた。元の世界ではもうすぐ年が明けようとしている。 この四日の間に、村には大きな変化があった。 まず大河が朝会でモニュメント作りを提案した。木に名前を刻んで、自分たちがここにいたことを残したいと訴えてい…