*長編小説* 森の記憶

いつか失われる記憶の中で愛し合い、求め合い、精一杯生きる人たちの物語

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 雄一郎が亡くなってから四日が過ぎた。元の世界ではもうすぐ年が明けようとしている。

 この四日の間に、村には大きな変化があった。

 まず大河が朝会でモニュメント作りを提案した。木に名前を刻んで、自分たちがここにいたことを残したいと訴えていた。その真剣な様子は、とても頼もしかった。

 まだモニュメントはできていないが、責任者になった大河は村を歩き回って、この村の象徴となるにふさわしい木を吟味している。名前を刻む葉を集める作業などを村の仕事の一つとすることも朝会で承認された。大河がまた一つこの村に石を回すシステムを作り上げたのだ。涼は表立って手を貸すことはなかったが、いつもそんな大河のことを気にかけていた。

 それから、村に紫音が加わった。

 紫音は雄一郎が亡くなった翌日の朝会の時に、村には入ってこなかったものの、近くの木の陰から黙祷を捧げていた。朝会後、一旦姿が見えなくなったが、翌日もその翌日も朝会の時に姿を現し、近くの木に隠れて村の様子をじっと見ていた。さすがに自分から入ってくるのは気まずかろうと見かねて声をかけようとすると、驚いたことに大河が紫音の腕を取り、文ちゃんの元へ連れて行った。紫音は戸惑いながらも、おとなしく引っ張られていった。

 次の日の朝会で、紫音は皆の前で謝罪した。彼を責める者は一人もいなかった。村はもう落ち着いていたし、紫音の言葉からは、彼の反省がきちんと伝わってきたからだ。それに皆、紫音が毎日朝会を覗きに来ていたことを知っていた。本人は隠れていたつもりかもしれないけれど、あの黄色いパーカーは森でいやというほど目立っていたのだ。

 文ちゃんが紫音の力を村に活かそうと提案し、具体的な使い方を皆で話し合った。紫音が村に加わる以上、その力をどうするかは避けては通れない問題だ。文ちゃんは生還に必要な石の数がわかることがもたらすメリットとデメリットを丁寧に説明した。その上で、いくつかのルールが決まった。

 まず、数を知るか知らないかは個人の自由であり、誰も強制できないし、紫音が勝手に教えることもあってはならない。

 紫音は本人以外に、その人の石の数を教えてはならない。

 数を知った者は石を一つ払うこと。その石は村の共有財産になる。

 またこの力を採用するに伴い、朝会以外の場での生還が増えることが予想された。これまでは、その石で自分が生還するかどうかがわからなかったため、親しくなった人に別れを告げ、見守られながら生還する場として朝会は非常に重要なものだった。けれどこれからは自分にとっての最後の石がわかるのだ。けじめをつけて村を去ることができる。世話になった人に挨拶し、気持ちを整理して旅立つことができるのだ。それならば生還を朝会に限定する必要はない。

 そこでその際には、必ず自分の色以外の石を予め甘利さんに渡しておくか、誰かにそばにいてもらって生還することが義務づけられた。余った石を無駄にしないためだ。

 このほか不都合が出てきた場合には、その都度朝会で話し合ってルールを補完していくことになった。

 そして最後にみんなで誓い合った。

 くれぐれも自分の生還の為に誰かの命を犠牲にするような事態を招かないこと。命の危険を感じることなく石を集めるという村の意義を守り続けること。

 みなでそう、固く誓い合った。

 こうして村に新たな力が加わった。

 人々は早速、紫音に殺到した。

 

 

 

 

 

つづき

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