*長編小説* 森の記憶

いつか失われる記憶の中で愛し合い、求め合い、精一杯生きる人たちの物語

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 涼と椎奈にとっての最後の朝会が始まった。この日は十九歳以上の配給もあったため、生還者が続出した。椎奈や涼のように、生還に必要な石の数を知った人が余分な石を共有財産に提供することが多く、配給が不足なく行き渡ったことも一因だったかもしれない。村は心なしか、人口が減りつつあった。

 朝会の最後に大河からモニュメントが始動することが告げられた。

 みんなで大河がモニュメントとして選んだ木のまわりに集合した。大河から細い紐のついた葉が配られた。この紐は、椎奈が衣類から取るやり方を教えたものだ。簡単に取ることができるので、これから先も様々な人にこの仕事をしてもらえるだろう。

 大河はこのモニュメントの管理にあたって、葉を集める作業、紐を取る作業、葉に紐を通す作業に対して共有財産から給与を支払うことを朝会で提案し、村の賛同を得ていた。

 葉はポトスの葉に似ていた。コースターほどの大きさで、大河はそこに名前を書くよう言った。

 使い終わったボールペンが順に回され、一人ずつ名前を書いていった。名前を書き上げた者から順に、モニュメントである木の好きなところに紐でくくりつける。結び終わると感慨深げにそれを眺め、やがていつもの生活に戻って行った。

 椎奈にボールペンが回ってきた。葉に名前を書く。ペン先で葉の表面が削られ、字が浮かび上がった。想像以上に書きやすくて驚く。たくさんの種類の葉を試したのだと大河がはにかむ。

 涼にボールペンを渡すと「お前が書いてくれ」と葉を差し出してきた。少し悩んだ末、自分の葉の名前の横に涼の名前を刻んだ。そして涼の葉には、ミドリと加山の名前を書いた。

 モニュメントに葉を結びに行くと、すでに五十枚ほどの葉がかかっている。バランスを考えて結ぶ位置を決めると、ふと隣の葉が目に入った。

 そこには、雄一郎の名が書かれていた。聞かなくても誰の字かわかる。椎奈はその隣に自分と涼の葉を、そしてさらに隣にミドリと加山の葉を結んだ。後ろから涼が手元を見守っていた。雄一郎の葉も目に入っているはずだ。

 結び終え、涼と二人で木を見上げた。

 この村に名前が刻まれた。この葉はこの先もここに残り続け、風が吹けばその体を揺らし、この森にまた新たな人がやってきたことを告げるだろう。どんどん葉が増えて新しい葉に埋もれてしまったとしても、時々自分を知りもしない村の人の手によって探り出されて話のネタにされるかもしれない。もしくは永遠に誰の目にも触れないかもしれない。

 けれどたしかにそこに名前は刻まれている。たしかにここに存在している。

 この木は示しているのだ。

 自分が、そして大切な人が、たしかにここに存在したのだということを。

 それは死んでしまったとしても、記憶がなくなってしまったとしても、変えようのない真実なのだということを。

 

 

 

 

つづき

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