*長編小説* 森の記憶

いつか失われる記憶の中で愛し合い、求め合い、精一杯生きる人たちの物語

2021-03-06から1日間の記事一覧

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「僕のこの力は……村には必要ない?」 少年がぽつりと呟いた。結び目から目を離さず答える。 「必要か必要でないかで言ったら、必要ないだろうね」 蜂蜜色の頭がゆっくりとうなだれた。 「そもそもこの世に、どうしても必要なものなんてないんじゃないかな。…

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村に戻ると文ちゃんが中心となって事の収拾にあたっていた。少年がもたらした混乱だけでなく、その後続けざまに雄一郎が亡くなったことで、村はまだ収拾がつかない状態だった。この一連の騒動で生還した人は大泉さんを含め九名。少年に石の数を宣告された人…

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懸命に走ると、視界の奥に消えそうなほど小さく白い影が見えた。涼の足は信じられないほど速くて、いくら走っても追いつけない。白く心もとない影が黒い森に溶けてしまいそうで、椎奈は思わず大声で叫んだ。 「涼っ!」 悲鳴みたいなその声は、涼の足の動き…

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椎奈の全身に鳥肌が立った。ざらりとした大きな舌に舐められたような薄気味の悪い感覚。心臓が、とくとくと警告を発する。 椎奈は隣に立つ雄一郎に違和感を覚えた。そして目にした光景に目を疑う。震えながら言葉を発した。 「雄一郎さんの、額の石が……光っ…

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村では、少年に石の数を宣告された者が大泉さんの他に十人ほどおり、そのうちの四人がその言葉に従って石を交換して生還したそうだ。 生還は本来喜ばしいことにもかかわらず、明るい表情を浮かべている者は一人もいない。 少年がそばにやってくると、困惑と…

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「それにしてもこの六人はすごいね。みんなすごい数字!」 少年が六人の頭の上を舐めるように眺めた。そして椎奈の上で視線を止めると、まっすぐに人差し指を向けてきた。 「中ではお姉さんが一番少ないね。って言っても四十三個だから十分大物だけど」 椎奈…

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「それに俺は、その力は村に大きな利益をもたらすと思いますよ。だってみんな今、自分の生還に必要のない色の石をたくさん体に持ってるっしょ。それは『自分がいつ生還できるかわからないから』だ。あとどれだけの時間をこの森で過ごすことになるかわからな…

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「嫌な話だったな」 涼がゆっくりと振り向く。 「ううん、私が袖のこと言ったせいで……辛いこと思い出させた」 「いや、いつかお前には聞いてもらいたいと思ってたからな……」 それは、椎奈が特別な存在であることをにおわせる言い方だった。 そんな言い方しな…

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加山とミドリが生還してから、一週間が過ぎた。あれ以来、涼は椎奈のそばで過ごすことが多くなった。もちろん一日に何度も仕事で森に出て行くが、三日前に新人の大泉さんという警察官の男性が同じ仕事に就いてからは負担が減っているようだった。村にいる時…

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* * * 涼と椎奈を呼び出した二人の顔は、とても晴れやかだった。加山の表情はこころなしか大人びて見えた。 「お願いがあります」 加山がまっすぐに涼の目を見て言った。 二人の頼みはこうだった。配給はきちんと受け取るが、朝会では受け取らないことを…