*長編小説* 森の記憶

いつか失われる記憶の中で愛し合い、求め合い、精一杯生きる人たちの物語

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「次は五つ目の方法『オ.交換する』。これは単純。例えば僕が赤い石、椎ちゃんが青い石を持っていたら、それを交換するってことだよ。個々にやるのももちろん構わないし、村では共有財産と言う形で集めた石と個人の石を交換するという方法も取っている」

 至極納得のいく話だった。これも石を通貨として捉える考えの延長のようなものだ。一つ一つの石の価値が互いにとって同じなら、交換するのはごく自然なことといえる。

「あとは最後の六つ目だね。別にあえて項目立てしなくてもいいんだけど、要は『お互いが合意していればそこで石は動く』んだってこと。双方が納得していれば、別にただであげたっていい。それから僕はあまりいい気はしないけれど、ギャンブルでやりとりしている人もいる。あとはね……」

 そう言うと文ちゃんは、ノートのある部分を指さした。『カ.その他』の下、『ギャンブル』のさらに下に『セックス』という項目があった。その傍らには大きく『※要注意!!』と書かれている。

「セックスについては本当に要注意なんだ。これは体を売って対価として石を得るなんていう単純な話じゃない。セックスをすると自動的に石が移動するんだよ。例えば白虎と玄武が行為に及んだとする。すると白虎の持つ緑の石は玄武に、玄武の持つ白い石は白虎に移動するんだ。それからこれが一番重要なんだけれど、同じ色の額の石を持つもの同士が行為に及ぶと」

 男は死ぬ。

 そう文ちゃんは言った。

 思わず耳を疑った。セックスをすると男は死ぬ!?額の石に触れられたら死ぬこと以上に意味がわからない。

「ここにも石の移動が関係しているんだ。同じ色の額の石を持つもの同士がセックスすると、その男性の石は全て女性に移動する。額の石まで持っていかれて、男性は死に至るというわけだよ」

 そう言われてみれば、椎奈には思い当たることがあった。

 三人組に襲われた際、ピアスが『お楽しみは俺だけ』と言っていた。額に黒っぽい石をつけていたピアスは玄武だったのだろう。そしてニット帽とターバンはおそらく朱雀だったのだ。もしも二人が椎奈を襲えば、彼らは死ぬことになる。

 自分の体験が裏付けとなったことで、文ちゃんの話に格段にリアリティが増した。

 文ちゃんはぱたんとノートを閉じた。

「さ、説明は以上なんだけれど何か質問はある?」

 石の解説は終わった。今の自分がどの程度冷静なのかはわからないし、あまりに多くの情報を一度に与えられて正直まだ全く整理できていない。

 けれどそういう次元ではなく、何かひっかかるものがあった。それは……

「石を集めたら生還できるって……どうしてわかるの?」

 考えるよりも先に言葉が口をついて出た。

 そう。

 石の論理はこの森で完結しているように思える。現実世界との関連がない。

 石を集めた人が森から消える。けれどその人が本当に元の世界で意識を取り戻したのだとどうして言い切れるのか。

 生還する際、この森での記憶は全て失われるらしい。当たり前だ。そうでなければ椎奈はとっくにどこかでこの森のことを耳にしていただろう。

 生還した人にこの森での記憶がない以上、元の世界にこの森のことを知る人は一人もいないことになる。ではどうやって森で石を集めた人が無事に生還したことを確認できるというのか。

 椎奈の言葉を聞いた文ちゃんは喜びを抑えきれないように笑った。

「椎ちゃんはさ、的確な質問をしてくれるよね!僕の話を真面目に理解しようとしてくれてるんだってわかって本当に嬉しいよ!」

 文ちゃん曰く、新人の中には端からこの話を信じようとしなかったり、信じてもややこしすぎて仕組みなんてどうでもいいという考えの人が多いそうだ。

 記者という職業柄、人一倍の探究心を持つ文ちゃんは、この摩訶不思議な森にすぐに魅せられたという。森や石についての仕組みや法則性を解明しようと様々な事象を記録し、人から話を聞いて検証を重ねているのだそうだ。

 けれどそれを共感できる人がいなかった。疑問を共有し、解明をともに喜べる仲間がいなかった。だから椎奈の一見あげあしを取るような質問もむしろ大歓迎だ、椎ちゃんとは話が合いそうだと喜んだ。

「で、椎ちゃんの疑問への種明かしなんだけど、実は単純でさ。この森には度々結構有名な人もやってくるんだ。例えばある芸能人Aが森にやってきて、石を集めて消えたとする。そして後日新人さんから、Aさんが長い意識不明の状態から回復した、というニュースを聞いたとするでしょ。そこから『あ、森で石を集めると意識が戻るんだな』ってことがわかる。過去に何度かあったであろうそういう事象を語り継いできたことで、森の様々な仕組みは裏付けされていったんだよ」

 聞いてみれば確かに単純な話だった。

 すっかり腑に落ちた椎奈を、続く文ちゃんの言葉が激しく揺さぶった。

「涼もさ、俳優だから生還したらニュースになるかもね。そしたら村の人たちは後日新人さんからそのニュースを聞いて、よかったなってしみじみ思うんだろうね」

 涼が俳優!

 椎奈はとても驚き、同時にこれ以上ないほど納得した。

 この顔立ちの麗しさは並みの男ではないと思っていた。放つオーラにもただならぬものを感じる。顔だけでなく体つきも均整がとれて美しいし、侍姿も実に様になっている。俳優だというのなら、この侍姿も映画か何かの衣装なのだろう。撮影中に事故にでもあったのかもしれない。

 涼は表情を変えないまま「ニュースにはならねえよ。全然売れてねえし」と呟いた。謙遜というわけでも投げやりというわけでもなく、ただ事実を淡々と述べるような口調だった。

 それに謙遜というのはたしかにありえない気がした。だって椎奈は涼を知らない。一年前までは椎奈は映画や俳優にかなり詳しかった。それなりの作品に出ていたのなら、これだけの容姿の男を見逃すはずがない。

 

 

 

 

 

つづき

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