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鉢巻製作の拠点に戻って物思いにふけっていると、「おい」と後ろから声がした。振り返ると涼だった。涼の声は低くて静かなのによく通る。本当は振り返らなくても声の主はわかっていた。
「あの人しゃべりっぱなしだったろ」
涼は椎奈の隣に腰を下ろした。特にこちらを見るでもなく、村を見渡している。
あの人とはもちろん雪乃さんのことだろう。
「そうだね。でも楽しかった」
そうか、と低い声がする。心地いい声だと思った。
「涼の……あ、涼って呼んでもいい?」
気付けば隣の男に親近感を感じていて、そう尋ねると侍は手元の草を乱暴に引き抜いて「好きにしろ」と呟いた。
涼が雪乃さんに会いに行くように言ったのは、もちろんあの話を椎奈に聞かせるためだろう。雪乃さんは椎奈が「村に来てどれくらいになるんですか」と尋ねただけなのに、あそこまで話を膨らませた。きっと誰にでもあの話をしているのだ。
「涼の言う通りだね。石を受け取ろうとしなかったこと反省したよ」
涼は何も答えず、さらに草を引き抜いた。
「でも直接言ってくれればよかったのに」
「……俺が言うと……きついからな」
口が悪いんだよとつけ加えて、目も合わせない男は頭を掻いた。
驚いた。
あの時口をつぐんだのは椎奈を思いやっての行動だったのだ。
心がふっと明るい色に染まる。
この男を理解するのに、言葉に捉われていては大切なことを見失うと思った。
「お前……」
お前と言われることも、もう気にしない。
「俺の分も作れ」
「鉢巻?」
ああ、と男は小さくうなずく。
椎奈が鉢巻を作り、涼が石を払う。村の中をまた石が回る。椎奈は横顔に「いいよ」と答えた。
「おなかはすいてないのに、こんな時は何か食べたくなるね」
なにげなくそう言うと、涼は、
「俺はもう……そんな気持ちは忘れたな」
と薄く笑って遠い目をした。
自分の無神経な発言を後悔していると、涼がまた草を引き抜いて差し出してきた。
「草でも食っとけ」
「いやだよ。ヤギじゃあるまいし」
そう口にした途端、涼の顔がこれ以上ないというほど強張った。
「どうか……した?」
恐る恐る尋ねると、涼は「いや」と言って頭を振り、突然草を口に入れた。そしてぺっと吐き出す。
「何してるの」
「くそまずい」
当然でしょ、と椎奈が笑うと涼は少し俯いて、口の端だけで笑った。
これだけ色々なことがあったのに、まだ次の朝会が始まる様子はない。椎奈が森へ来てから、まだ一日も経っていないのだ。これがこの森で暮らすということかと、椎奈は暮れることのない空の光を見上げて思った。